1)最初に用いられたライルの精神医学の定義
精神医学(Psychiatrie)という言葉は1808年、ライルJ.Ch.Reilが『精神的方法による治療法の促進への寄与』の中で最初に用いたといわれている。
総括的には、感覚器官と全体感情に治癒をもたらす精神的方法として精神医学を規定した。人体器官の精神的・機械的・物理化学的感受性に応じて、これらの各領域はお互いに影響し合っているので、これら三方向からの治療法が行なわれなければならないとした。また、この精神医学はすべての疾患に対して適用されるべきだとも考えた。

このように、ライルの精神医学の定義は今日でいう精神療法に近いものであった。ライルが精神医学という言葉を考えだしたのは、1804年に出たレッシュラウブの『一般医学教科書および入門の序説』からヒントを得たものと思われる。
ライルのいう精神医学は、もともと精神治療学として出発したもので、精神疾患学としての精神医学は治療のための病因学であると考えなければならないとした。この点はイギリスのカレンW.Cullenおよびその門下も同様で、神経症(neurosis)という言葉ですべての精神障害を呼び、その影響を受けたパーフェクトW.Perfectは神経症の治療法についての発表を行なった。

2)グリージンガーらの生物的立場が強調された
フランスのピネルP.Pinelはイギリスの経験主義から生まれた理論と記述的方法に関心をもち、その弟子エスキロールJ.E.D.Esquirolは医師と患者の友愛的コミュニケーションを重視し、モノマニーの社会的影響を重視した。これらの心理的社会的立場に対して、ドイツではグリージンガーW.GriesingerやマイネルトT.Meynertをはじめとして、自然科学を元とする医学の対象にし、生物的立場が強調された。すべての精神機能の中枢が大脳に局在するとする脳神話学は否定されるに至ったが、ジャクソンJ.Jacksonの中枢神経三層説やゴルトシュタインK.Goldsteinの全体論などは現在まで精神医学に大きな影響を及ぼしている。

3)「早発性痴呆」と「躁鬱病」に大別したクレペリン体系が構築された
カールバウムK.L.Kahlbaumの緊張病、ヘッカーE.Heckerの破瓜病の研究に続いて、クレペリンE.Kraepe-linの疾病学的精神医学が1883年から1927年にかけて基礎づけられた。すなわち、病理解剖学的見地、病因論的見地、臨床的見地から精神疾患の症候群が整理され、次第に疾患単位の確立に向かった。
1899年の早発痴呆、躁うつ病の二大疾患単位を柱にクレペリン体系が構築され、ここではじめて精神医学が医学の一分野としての独立性を主張できるようになった。しかし遺伝素因の重視がクレペリン体系に大きな役割を演じており、かつ疾患分類学であることに重点が置かれているため、その治療への消極的態度に対する強い批判があった。

4)ブロイラーにより「精神分裂病」と命名された
クレペリンの早発痴呆もブロイラーE.Bleulerによって精神分裂病という概念におきかえられてから、その意味が広義に解釈されるようになっている。クレペリンの精神医学体系は、多くの角度から批判されているとはいえ、現代精神医学の基礎とされていることは確かである。

5)フロイトの精神分析学以降の今日
フロイトS.Freudの精神分析学は、ドイツ精神医学から拒否されたが、クレペリン体系への最大の批判者として注目された。1895年に始まったヒステリー研究のフロイトは、精神療法を主体とする治療のための心因論を基礎とするクレペリンとは対立するものであった。
フロイトの抑圧と無意識、リビドー説、幼児性欲説、自我構造論などを基礎とする精神分析論は、アメリカで力動精神医学として大きく発展した。



・精神医学の歴史概略 ・歴史(年代)上の精神医学者たち